落日の系譜――
海外ファースト、自国セカンド

現在かかえるさまざまな問題にも、その深いところではやはり精神的基盤と近代が交わる力点から発生しつづける歪と不協和、恐れが見える。それはもはや形骸化した恐れの神経症的暴走のような、冷静と正気の所在はもはや問題ともしない「気風」となって蔓延しているように思える。

鎖国時代が通商条約によって強引にその終わりを迫られ、白人による国内の蹂躙が横行するなかで、迎合の態度を続ける幕府に業を煮やしたサムライにより、白人にたいする殺害事件が起きた。その数は通商条約に調印してから幕府が崩壊するまで、十年という歳月のなかで二十件以下だったが、それらへの幕府の対応は、現在の政府と本質において酷似している面がある。

たとえば、イギリスのオールコック公使の暗殺計画が実行された際、オールコックはこの騒動にたいして、幕府に一万シリングの慰謝料を要求し、幕府はいわれた通りの金を丁重な謝罪とともに支払った。また、イギリスの第二代駐日公使パークス卿が暗殺計画の標的になった際も、白人が被害を蒙ったすべての事件に幕府は情け容赦なく日本人を処罰した。白人の生命を脅かした日本人はすべて処刑された。それは白人の安全を保障するために手を尽くしているというアピールであり、同時に欧米列強がそれを口実に軍事力を行使することを恐れたためである。

イギリス人の将校二人が鎌倉で殺害された事件では、幕府は犯人を特定することができなかった。しかしもし日本側が処置をしない場合、最終的な措置をとるといって脅された幕府は、容疑者の一人であるサムライを処刑した。彼は最後まで無罪を主張したという。幕府は特に残酷な処刑方法でもって、処刑の際には欧米列強の要人を招待し、新聞記者まで連れてきたという。

力への恐れのスケープゴートとして、日本人の命が使われたのだ。力に立ち向かうことができない無能さを露呈して幕府が崩壊するまで、日本人の命による誤魔化しが行われたというこの事実は、まったく過去の出来事として終えられることだろうか。日本人の苦悩を代償とした誤魔化しは、現在にはもうそんな非民主主義的なことなどありはしないのだ、といえるだろうか。これらのことも、その根っこには「鎖国時代の精神的基盤」と「近代という力」のねじれ、葛藤が関係しているのではないかと考えさせられる。鎖国時代の終了以来のこの欧米ファーストもしくは海外ファースト力への恐れを国民の不遇でバーターするというレジームが続くかぎり、未だ近代を脱しえずといわざるをえないのではないだろうか。

落日の系譜――
余光の下で

思えば昭和という時代が、鎖国時代の精神的基盤の残骸を抱えながら、惰性としての欧米のミメーシスというイナーシャ(慣性)で駆け上がることができる坂の限界だったのではないか。坂の頂点でジェットコースターのように静止的安寧を味わった平成、しかしそこからは急転直下、令和の時代とはそのような曲線のさなかに存在する時代になるのではないかと、令和の幕開け間もない令和二年の今、思い描く。もし実際そのような時代となるのなら、急落の加速度のなかでまず考えなければならないこととは何なのだろう。

どれほどグローバリズム、地球市民といって垣根なき一元論を展開しようとも、胃に肺の代替はできないし、腎臓と肝臓は異にして全体的等価を保つものであるように、人は、地は異なるものであり続け、複雑性のなかで緊張と平衡のダイナミズムを軸に、地球は今も回っている。

相違と葛藤、相克の調整弁としての「力(force)」の価値の側面、「近代」という外力によって得た悲しき教訓としての「力」と、時効によって証明されし価値「伝統」とを統合し、哀歓の統合をしなければならないのではないか。省エネやCO2削減感覚で力も削減しているようでは、偏頗な力恐怖症といわざるをえない。それは国体における免疫不全のようなものである。

「平和」などというものは、その本質にグロテスクなものを含む人間というものにおいては、相互に「うかつに手出しはできない」という状態を作り出すことでしか実現不可能なことは歴史的事実ではないか。平和の象徴たる白いハトが舞うためには、そのはるか高高度まで制空されていることが前提なのだという事実を無視しての理想論、パワーレス国家こそ理想国家であり平和共存への方策であるなどという論は結局のところ証することなどできないであろう。そのような論は平和(不戦)主義というより空想的平和(不戦)主義といわざるをえない。

1890年代、ドイツの海軍を起源としてはじまった理論を「冷戦」のはじまりとするならば、現在は未だなおその延長線上にある。すなわち恒久的戦時社会と恒久的戦時経済という「冷戦構造」にもとづく国防観念が国家観念の土台にある。国民国家そのものが近代を超克するに至っていない、それは国家もまた未だ近代を脱しえずということでもあるだろう。

現状のまま、どれほどお花畑に引きこもろうとも、ズビグニュー・ブレジンスキーの日本はFragile Flower(ひ弱な花)に過ぎないという言葉どおり、それらは「徒花」でしかないのだろう。

こんなありさまの、徒花の咲き誇る花畑を捨て、誤謬を捨て、新たな知を耕す試みを、言葉から、人から始めなければ、日本は自尊心を永久に失ったまま、屈従疲れの鬱の果てに、あるいは防衛機制としての紊乱に心身を投じ、ネクローシス(局部的壊死)が拡大するさまを拱手傍観するという諦観を結論とし、滅んでいくのではなかろうか。そう考える時、ただただ「勿体ない」と思う。日本は敗戦から現在「勿体ない」に尽きる「掩滞国」ではないだろうか。豊かな自然に恵まれ、二千年を越える時効にデザインされし知恵、価値、センスの体系を今日まで保ち得たというのに。

軋み、歪み、傾きつつあるが、しかし近代は終わってはいない。時代の総括なしに進んだとて、目指すものもなき歩みに、意気が込もるわけもないだろうに――

最後に、参考にさせていただいた『驕れる白人と闘うための日本近代史』とは異なる私なりの考えと結論であることを付け加えておきたい。いずれにせよ、今現在の日本について考えを巡らせる上で役立つ良書であることはまちがいない。

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