21/04/26 大量化はすなわち阿房化です

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rev 巡りめぐって再び
rev 巡りめぐって再び

世人・世態にみる「レボリューション(revolution)」という言葉のありさまは、まるで少年漫画のような稚拙さと妄誕に歪曲され貶価されている...


「レボリューション(revolution)」という言葉の多面体には、「革命」や「大変革」といった側面のほか、「周期」「一巡」という側面もあるのだと知れば、「レボリューション!」と叫んで野心の飛躍に陶酔し、向こう見ずに突進することがいかに偏頗な思春期の餓鬼じみた振る舞いであるかが分かるというものだ...


昨今、アウトドア・レジャーやヴィーガニズム(veganism)といった自然回帰の、いわば自己慰安的機制が勃興しつつある。それらは反作用としてのレボリューションであり、生命のホメオスタシス(恒常性、バランス、homeostasis)による、よりよく再び(re)回る(volve)ための軌道修正、軌道探査であろう...

それは目が、外に向かって突き出た脳の一部であるから、赤裸な器官であることを免れえない。

師だの先生だの「メンター」だのとよばれていい気になって安請合いし、下手な者に敬仰などされた日には、知らぬ所で恥をさらすことになる。

「smart」というより「smattering(なまかじりの知識)」が言い得て妙であろう。

「独りになりなさい」。昏冥の出口は、独りでなければ抜けられない。

トレンドに蝟集することは、じつに恥ずかしいことである。なぜならそれはガウス分布において大勢を示す0σあたりの表象だからである。

人工甘味料の愚を語る。

瞑想ではない、目を閉じず、なんとなく受け入れる「明想」に私自身の道を観る。

知性もまた肉体に縛り付けられたものである。

アシスタントの、多くは女性のその扱い、役付けに、女性は腹を立ててもいいのではないか。

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自らのデザイン×センスを娯しむ。素娯録ブックスは、心にキラリときたものを本棚のように置いていきます。

価値やサービスを作り出し、「デベロッパー側」や「デザイナー側」として「発信」するには、スマホよりもやっぱりPC(パソコン)。

"人類史上初めて、自分自身を経営する責任を負わされる時代" だと、P.F.ドラッカーは語った。